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6.4 旅と闘病と / my trip and I am hospitalized now

今日は土曜日、いつもなら、健康な時なら、早朝に起き出して、テニスクラブに出かけ、昼まで汗を流しているところです。テニス復帰までにはまだまだ時間がかかるようです。
つい1ヶ月少々前まではアジアの旅先でテニスをやっていたのですが、それが遠い昔のことのように思えます。

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今日も、大学病院で精密検査の続きをやっているのですが、いっこうに神経組織を攻撃していた複数の細菌とやら、見つかりません。つまり病因不明のまま、細菌が消えてしまい、後遺症だけが出ている状態のようです。
これではフィリピンのヘンテコな超一流病院も、日本の一流大学病院も、さして変わらない??

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6月7日の深夜ですが、正直に言いますと、3日前まではペットボトルのキャップを開けられない状態でした。しびれた指先に力がまるで入らないのです。
が、今はお茶のペットボトルの開栓をできるようになりました。祝祝祝祝!ありがとうございます。

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6月7日現在、原稿は「小説宝石」7月号の連載を執筆中です。
今回の長旅で、なぜにアウン・サン・スー・チーさんのオッパイに触れることになり、その直後、どんなふうに病に伏したのか、というのがテーマの原稿です。
ミャンマーの超人工的な首都、見事なまでに何もないネピドーの不思議さをも描こうとしたのですが、構成の都合で割愛ですね。それについては他の連載でやるとしましょう。
その首都、ネピドーの中心部が、この写真です。一国の首都ですぞ。

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セブ島で入院、闘病中、どうしても受け入れられなかったのが、写真にあります、おまるですね。
ベッドから起き上がるのに10分、スイート仕様の病室内のドアの向こうにあるトイレにたどり着くまでに這うようにして20分、よって医師団からおまるの使用を強く勧められていたのですが、こればかりは、どんなに激痛があっても勘弁してください、でした。
即行、介護ヘルパーさんにお願いして、病室の外に出してもらいました。
どうでもいい意地、流儀でしょうか。
意地を張って、無理をしたおかげで、左目から血が噴き出す事態になってしまいました。

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入院中の一こまです。
久しぶりに外に出て、見舞いにやってきた我が自慢の奨学生たちと一緒にです。
中には私が、セイント・ウチヤマがよろよろと歩く姿を見て、ショックのあまり、泣き出す子供もおります。
この日はなんとか介護があれば歩ける状態だったのですが、この2日後にはまた歩行困難に。
左の眼球が真っ赤なのですが、正体不明のウィルスに目が冒されており、間もなく脳みそが冒されるだろうと周りにいわれて、びびりまくっていた頃です。
後日、わかったのですが、眼科の専門医によると、全身を襲う激痛のストレスが弱い部位、目に出て、眼底から血を噴き出した、とのことです。

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入院するほどの病気をしていると、皮膚というのは、なかなか生え替わらないようです。
私の場合、快方に向かうにつれ、古い皮膚がぽろぽろとはげ落ち、かゆいのなんの。
はげ落ちる前の古い皮膚だけ見ていると、まるで老人そのものですね。
病気になって、よ~くわかる新陳代謝の真実です。

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病気でずっと身動きひとつできないということもあり、いろんなことに思いをはせていました。
自分の来し方について、です。
歳を取ると、妙に意固地になったり、あらぬ自信を持ちたがるものです。
で、先に自分に都合のいい答えがあって、何かにつけ、自己完結的になりがちです。あらかじめ答えを用意して、それに沿うようにして、自分を肯定してしまうのです。
長生きすると、誰だって自分の生き方に責任と自信を持たねばならないのでしょう。が、それが過剰に自己肯定的、自己完結的になると、もう年寄りのことを誰も客観的に指摘したり、批判したりしてくれないわけですから、つい唯我独尊的になってしまいがちでしょう。
そして、自己評価のあまりの高さ。人生の修羅場をかいくぐってきた、と思っている人がおちいりやすいパターンです。私もそのひとりのようです。
それらから逃れて、自分を見つめ直す、自分に問い直す、年輩者には容易なことではありません。
ともすれば、私もよくその落とし穴に、という気がしています。よほど意図的に気をつけないかぎり、自分で自覚しないかぎり、いい歳の取り方、むずかしいですね。沈思黙考、病を得て反省しきりです。

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仕事再開は今月下旬発売の「小説宝石」の連載原稿からです。その仮題は「なぜ私がアウン・サン・スー・チーさんのオッパイにさわったのか?」です。
タイトルはなんですが、中身はちゃんとしています、やや硬派? でもないか。

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もう6月ですか。病の兆候に気づいてから1ヶ月以上が経過しています。
身動きできない激痛はもう消えていますが、指先のしびれ、首を回せないほどの痛みが残っています。
今日も病院です、検査です。
病気の話ばかりで恐縮です。今は健康体を取り戻す、それが全てです。ありがとうございます。

この写真は、発症する当日、セブ島で撮られたものです。すでに体調不良でした。
奨学生たち、その親御さんたちを集めて、偉そうに能書きを垂れ、どうでもいい訓示を垂れ、6月分を支給しました。
この10時間後に歩行困難におちいるとは思っていませんでした。人生何があるか、わかりませんね。

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日本ではインターネットにつながるのが当たり前です。
が、アジアを周遊していてわかるのは、ネットはつながらなくても当たり前、ということです。
どんな国にいても、ネットに接続するたびに祈るような思いです。
2度に1度はつながらないのですから。
特にホテルに到着後、WIFIでネットにアクセスすると、3回に2回はつながりません。
要するにつながるほうが珍しいわけです。
その理由が、自分のPCにあるのか、ホテルのネット接続環境にあるのか、見極めがとてもむずかしいです。よって、常に2台のPCを持参しているわけです。2台ともネットにつながらない場合には、PCの問題ではない、と判定可能ですので。重たいPCを2台も担いで、えんやこらです。疲れもしますわ。
このたびの病気の一因はそのあたりにあるような気がしているのですが。日本では怠け者の私が、連日20キロの荷物を担いで、10キロも歩いていたのですから。無理がたたった??

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病状について、もう少し詳しく書くとしましょう。
昨日、造影剤を入れてMRIを取っても、血液検査他を何度やっても、私の体の異常な部位は見つかりません。一見、正常な数値ばかり示しているというのです。
が、全身を襲った、あの激痛は間違いなく細菌に冒されたせいとの診断です。
細菌に自然に打ち勝ったので、免疫ができたので、なんとか、よちよち歩きができるようになりました。が、病因をつきとめる必要があるので、大学病院での検査、さらに続きます。

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四肢を襲う激痛が最もひどかった時期の写真です。
こうしてベッドから起き上がるのに10分、扉の向こうのトイレに這うようにして、たどりつくのに20分というありさま。
ほとんど手足が動かない、動かすと耐えがたい激痛に襲われるので、着替えもままなりません、不潔ですね、汗まみれのシャツやパンツを2日も着ているなんて。
すっかり病人顔? さすがにしょぼくれています。
今は痛みをこらえて歩いています。ありがとうございます。

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5月29日、正直なところ、原因不明の病との戦い、疲れたなあ、という感じです。
いくら最先端の医療技術で検査をくり返しても、病因はいまだにわからないということです。
さらに病因を特定する検査が続きます。
そろそろ〆切原稿と格闘する日限が迫ってきました。
ご心配、ありがとうございます。

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5月8日にセブ島の”超一流”病院に全身を襲う激痛のあまり、緊急搬送された直後、左目が真っ赤に充血していました。
素人判断続出で「細菌が目にまで上がってきたのだ」とか「このままだと脳みそをやられるかもしれない」な~んて恐ろしげなことをいわれ、もしかして間もなく脳膜炎か失明かと、びびっておりました。
が、4人で構成されるスイート病室患者専用の大やぶ医師団は「激痛との因果関係は認められない」というのです。
納得できず、他の眼科病院で専門医のセカンドオピニオンを取ったところ、関係大あり、です。激痛のストレスが目にきた、ということです。現地の超一流病院のいうこと、とても信じられません。
やれやれですが、もうその結膜炎も治りつつあります。
あとは峠を越えた痛みとの戦い、いや、和解でしょうか。

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写真左の3児のお母さんが、特別室で24時間、泊まり込んで私のベッドから片時も離れることなく、完全介護をしてくれています。
一期一会の、お母さんには感謝あるのみです。そしてお世話になった全ての方々に!

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予断を許さない状況、病状は脱したようです。
この半月間、両手足を絶え間なく襲う減痛との戦いでしたが、今はかゆみも感じるようになってきました。
ひたすら静養、体力回復につとめております。

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年初から久しぶりに長期の海外「逃亡」のつもりが、旅の後半は海外「闘病」となってしまいました。
当初は帯状疱疹との診断だったのですが、風が吹いても全身に激痛が走り、起き上がることも寝がえりを打つこともできないということで、その病名になったようです。
が、何やら違うのでは、という兆候が多々出てきました。
で、セカンドオピニオン、サードオピニオンを相次いで取ったところ、もっと複雑な要因だという疑いが濃厚になってきました。目下はその病因究明の検査に専念する日々です。
眠ることもできない激痛はありがたくもなくなったのですが(強い痛みどめ薬のせいかも)、今なお医師団の監視下にあります。
ご心配、ご迷惑、恐縮です。ありがとうございます。24日記載。

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帯状疱疹の最悪期からは脱して、なんとか、こらえています。
後遺症でしょうが、日によって症状がまちまちです。
歩けたり、歩けなくなったり。
風が吹いても痛いというのが帯状疱疹だと話には聞いていましたが、想像以上のすさまじい痛さが全身を遅い、身動きひとつとれなくなります。悶絶一歩手前といった感じでしょうか。
ご心配をおかけして恐縮です。まだ病院の管理下ですが、ほどなく帰国できそうです。
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by uchiyamayasuo | 2012-05-27 08:49 | | Trackback | Comments(2)